今回のお話は、前回のお話を
一通り読まれた前提で書いて行こうと思います。
さて、前回のお話の最後の方で、
今の自分と幼少の頃の自分(過去の自分)とでは、
同じ自分であっても、全くの別人だ、
という考え方についてお話をしてきました。
これには私も共感を抱いています。
生物学的に見ても遠い過去の自分と今の自分とでは、
身体の細胞一つをとっても、どれ一つ同じ細胞は無いので、
そういう意味でも、別の人間だと言われても不思議では無いです。
そしてここからが重要です。
結局、今の自分と遠い過去の自分がまったくの別の人間だというのなら、
悩みが続きやすい「過去の失敗」や「後悔する出来事」は、
どうなるのかということです。
今の自分とは全く違う別の人間がやってきた訳なのだから、
今でもずっと引きずって生きていく必要は無いと言えます。
つまり、失敗をいつまでも思い悩んだり、
自分が決断した事で(または決断しなかった事で)、
後悔し続けるのは、あまり意味が無いのでは?
という認識があっても悪くありません。
現実に、生物学的な視点から考えても今の自分は、
過去の自分とは全く違った存在であるのは確かです。
あの科学者が話していた通り、
幼少の頃の自分と今の自分はまったくの別の人間だとしたら、
その過去の別の人間がやってきた行動に対して、
いつまでもいつまでも思い悩むのは(ある意味)どうなの?
と私は思ってしまうのです。
ただ、過去の失敗を反省する必要はあるとは思うのですが、
過去の失敗を後悔し続けるのは意味が無い、
という感じです。
もちろん、過去のしあわせな想いや
しあわせな経験(体験)をしてきた事などは、
矛盾はしますが持ち続けたいです。
ここでお伝えしたいのは、
引きずっているモノを切り離す考え方として、
過去の自分と今の自分を整理する事で、
抜け出せる出口があるのかもしれない、
そういうことです。